2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8

ヘビーデューティーアイビーの衝撃
  •    札幌市中央区南2条西8丁目。直線道路が等間隔で垂直に交わり、碁盤の目状に市街地が形成されている北海道札幌市。その中心部を東西約900メートルにわたって貫く、狸小路商店街の長いアーケードを西に抜けた一画に、今から20年前、一軒の店が誕生した。
  •    店の名前は「NEPENTHES 札幌店」(のちに「SOUTH2 WEST8 SAPPORO」と改名)。1988年創業のセレクトショップ「NEPENTHES」の2号店にして、北海道発のオリジナルブランド〈SOUTH2 WEST8〉の旗艦店である。
  •    オーナーの清水慶三にとって、北海道に直営店を構えることは、「NEPENTHES」を立ち上げた頃からの念願だった。しかし、なぜ、北海道だったのか?
  • 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    まるで秘密基地のようなオープン当時の店舗外観。
       話は清水が18歳のときに遡る。1976年刊行の雑誌『Made in U.S.A.-2』で目にした、アメリカの最新カルチャーと魅力的なプロダクトの数々。なかでも、〈L.L.BEAN〉に代表されるアウトドアブランドと、当時流行していたアイビールックを融合したファッションスタイル「ヘビーデューティーアイビー(ヘビアイ)」に、清水は大きな衝撃を受ける。やがて雑誌の影響から、激しい使用に耐えることを意味する「ヘビーデューティー」という言葉が、日本ではアウトドアスタイル全般を指す用語として浸透していった。アウトドアスポーツ用に作られたマウンテンパーカ、ダウンジャケット、ワークブーツ、デイパックなど、そもそもファッションとは無縁のアイテムを、アイビーのトラディショナルなスタイルにファッションとして取り入れる。カッコいいことに、ルールなんて要らないー。アメリカの若者たちの自由な着こなしは、それまでの清水のファッション観を根底から覆した。
  •    その後、ファッションの世界に進み、商品の買い付けでアメリカのニューイングランド地方を回った際、長年の憧れだった〈L.L.BEAN〉を訪れることができた。そして、ハンティングやフィッシングなどのアウトドアスポーツの専門コーナーを直に見て、地域に根付いた「ヘビーデューティー」本来の姿に圧倒される。
  •    同じ頃、渓流釣りに目覚め、北海道を初めて訪れた。野性味あふれる手付かずの川は、清水に想像を超える豊かな体験を与え、その後のライフスタイルにも大きな影響を及ぼした。そして、圧倒的なスケールの自然にすっかり魅せられて北海道へと通ううちに、若かりし頃に受けた“ヘビアイ”の衝撃が甦り、こう決心したという。
  • 「 自分もいつか、アウトドアとファッションをミックスした店を北海道に作ろう 」
“わざわざ目指して来てもらう” 店
  •    「NEPENTHES」が軌道に乗ると、清水は迷わず札幌への出店を決めた。自らの直感だけを頼りに、理想の空間を求めて札幌市内を歩き回ること数日。南2西8交差点付近で気になる建物を見つけた。木造の古い居酒屋と新築ビルに挟まれた、古いボックス型の2階建て。エリア的には繁華街からは少し外れており、休日でも人通りは少なかったが、“わざわざ目指して行かなければ辿り着けない” ところが、むしろ思い描く店のイメージにぴったりだった。
  •    初めて来てくれた人に未知の世界を探検するようなワクワク感を味わってもらうため、あえて外観は白いブロック壁で塞ぎ、正面に店のシンボルであるエゾシカの剥製を飾ったエントランスへと続く長いアプローチを設けた。冬場には、そこを歩く間に服や靴の裏についた雪を落とせる、北海道ならではの意味合いもあった。
  • 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    オープン当時のエントランス。長いアプローチに気持ちも高ぶる。
       秘密基地のような外観に反して、長いアプローチを抜けた先に現れるメインフロアは、広々とした開放感あふれる作り。高い吹き抜けから差し込む光が店内の隅々へと行き渡り、貴重なシロクマの剥製や世界の珍しいドライプランツを優しく照らす。
  •    取り扱う商品は、「ヘビーデューティーアイビー」をテーマにセレクト。開店に合わせてオリジナルブランド〈SOUTH2 WEST8〉(当時の名称は〈S2W8〉)をローンチし、〈ENGINEERED GARMENTS〉や〈NEEDLES〉のプロダクトのほか、海外で買い付けた同店だけのスペシャルなアイテムも用意した。そうして、2003年2月、「NEPENTHES 札幌店」がオープンした。
オリジナルブランド
〈SOUTH2 WEST8〉誕生
  • 「 ファッションのトレンドでいえば、その頃、ヘビーデューティーアイビーの人気はすでに下火でした。ただ、自分がカッコいいと思うものは、そのときどきで多少は変化しますが、基本はずっと変わらないので。それは『NEPENTHES』を始めてから35年経った今もそう 」
  •    時は、SNS普及前夜。情報の拡散スピードが、今と比べて格段に遅かった時代。おまけに外からは店内の様子がまったく見えず、ふらっと立ち入るには少々勇気が要った。当然、オープン当初は客足もまばら。それでも、北海道はおろか、日本中探してもなかったコンセプトの店は、まず同業者を中心に話題となり、次第にメディアへの露出も増えていった。
  •    オリジナルブランド〈SOUTH2 WEST8〉のアイテムが、顧客獲得の起爆剤となった。なかでも人気を集めたのが、「〈SOUTH2 WEST8〉の原点であり、ずっとブランドの世界観の中心にあるもの」と清水が言う、サンフォージャークロスを使用したシリーズだ。
  • 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
       日本では馴染みの薄いサンフォージャークロスは、アメリカでは伝統的にテントやヨットのオーニング(雨除け)に使われていた。買い付け先の工場で偶然その生地を見つけた清水は、サンタンと呼ばれる独特のカラーと密に織り込まれることで生まれる撥水性が気に入り、バッグとフィールドジャケットを作ることを思いつく。
  •    のちにブランドのアイコン的アイテムのひとつとなるバッグは、衣食住を運搬できるカヌーバッグや、双眼鏡を持ち歩くためのハンティングバッグを原型にしてデザインした。パーツには厚みのあるレザーストラップや屈強なリベットを使用。アメリカ生産ならではの無骨さを残しつつ、街中でも日常使いしやすいサイズと仕様に仕上げた。
  • 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    サンフォージャークロスを使用した初期のフィールドジャケット。
    2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    ターゲットマークがあしらわれた初期のカナダ製カウチンセーター。
       一方のフィールドジャケットは、清水曰く、「ヘビーデューティーアイビーを象徴するアイテム」。それゆえ、「NEPENTHES」創業以前から、いつかオリジナルで制作したいと考えていたという。
  •    デザインやシルエットのベースには、特に好きだった〈RED HEAD〉のダックハンティングジャケットを選び、こちらもアメリカの老舗ファクトリーで製造。昔ながらの製法と、ダブルフラップのポケットや太畝コーデュロイの切り替えといった特徴的なディテールの組み合わせで、ヴィンテージさながらの本物感を追求した。
  •    他にも、カナダの老舗ファクトリーブランド〈CANADIAN SWEATER〉に別注したカウチンセーター、70年代の〈SIERRA DESIGNS〉にインスパイアされたカラフルなデイパック、ニッカパンツとハイソックスに合わせて提案したキャンバス素材のマクラックブーツなどなど。アウトドア、ミリタリー、トラッドなどの要素を独自の解釈で表現する〈SOUTH2 WEST8〉が、全国的な注目を集めるブランドに成長するまで、さほど時間はかからなかった。
「テンカラ」にフォーカスした
新コンセプト
  •    誕生から10余年を経た2015年。〈SOUTH2 WEST8〉はひとつの転機を迎える。この年の春夏シーズンから、新たにアウトドアスポーツのなかでも「渓流釣り」に特化したアイテムの展開をスタートした。
  • 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    ミリタリースタイルをフィッシングジャケットへと昇華させたTENKARA SHIRT初代モデル。
       クリエイションの軸に据えたのは、本州の職漁師たちによって受け継がれてきた日本古来の伝統釣法「テンカラ」だ。竿と糸と毛バリだけで行うそのシンプルな釣りを、北海道の雄大な自然の中で楽しむ。ファッションを通じて釣りを体験してもらうことで、それが自然への理解を深める糸口にもなる。〈SOUTH2 WEST8〉が次に目指したフィールドだった。「その頃にはヘビーデューティーなアウトドアウェアを扱うことが、ファッションの世界でも特別なことではなくなっていました。それなら、ウチはよりマニアックな提案をしていくほうが面白いかなって」
  •    新たなコンセプトでのモノづくりは、北海道全土で “TENKARA SESSION” を繰り返し、そこから得たアイデアや課題をフィードバックしながら進められた。道具としての機能性を極限まで突き詰める。しかし同時に、ファッションアイテムとしてのカッコよさにも決して妥協しなかった。
  •    たとえばフィッシングジャケットは、清水がテンカラのためにリメイクした古着のアーミージャケットをベースにした。釣行を重ねるなかで磨かれてきた多彩なポケットやロッドホルダーなどのフィッシングディテールを採用し、素材も表面にコットンリップストップを使用した3レイヤーファブリックを開発。防水透湿性能を有しながら経年変化も楽しめる、クラシカルなアウトドアウェアを彷彿とさせる一着に仕立てた。
  • 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    防水透湿性3レイヤーファブリックを採用したRIVER TREK JACKET最新モデル。
    2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    高いストレッチ性と細身のシルエットが画期的だったRIVER WALKER STRETCH WADER。今季待望の再発が決定。
       自分たちが本当に作りたいものとあらためて向き合った結果、あふれる創作への意欲はウェア類だけにとどまらず、本格的な釣り具にまで及んだ。まず取りかかったのが、“歩く釣り”とも呼ばれるテンカラに最適化されたウェーダーの開発だった。一般的なウェーダーは高い防水性と引き換えに生地が硬く、移動しながらポンポンと毛鉤を打っていくテンカラ釣行には不向きなものが多かった。そこで、完全防水と伸縮性を両立させたファブリック「TRI DRY FLEX」を開発。ストレスのない穿き心地に加え、ストレッチ性の高さを生かした細身のシルエットで、それまでのウェーダーとは一線を画すミリタリーパンツのような見た目にもこだわった。
  •    テンカラ竿は、明治21年創業の老舗釣り竿メーカー、櫻井釣漁具とのコラボレーションにて製作。大型鱒の引きにも負けない竿力を持つ超小継竿「金剛」のカラー別注にはじまり、2020年には約2年のテスト期間を経て完全オリジナルモデル「鱒羅尾」も完成した。
  •    2016年には店舗の大幅なリニューアルを行い、店内の奥に渓流釣りをテーマにしたインショップを新設。古箪笥や魚籠がディスプレイされた和の空間に〈SOUTH2 WEST8〉やインポートブランドのフィッシングプロダクトを並べ、ブランドの世界観を空間全体で表現した。
  • 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
北海道から世界へ
  •    近年、〈SOUTH2 WEST8〉はアメリカやイギリスでのテンカラ人気も後押しとなり、日本国内はもとより海外でも熱狂的なファンを増やし続けている。そんな世界的な支持の広がりを証明したのが、2021年4月に発表された〈Supreme®〉とのコラボレーションである。マルチカラーのカモ柄を多用したカプセルコレクションでは、RIVER TREK JACKET や BUSH PARKA、PIPING JACKET、さらには櫻井釣漁具とのトリプルコラボレーションによる TENKARA ROD まで、〈SOUTH2 WEST8〉の代表的なプロダクトが、ストリートの空気感をまとったニュールックに生まれ変わった。
  • 2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    2022年ベン・ミラーの作品を落とし込んだRIVER TREK JACKET。
    2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    2021年〈Supreme®〉とのコラボレーションで制作されたスペシャルなテンカラ竿。
    2003-2023 20 YEARS OF SOUTH2 WEST8
    2022年〈REEBOK〉との初コラボレーションにより誕生したトレイルスタイル・シューズ、ZIG KINETICA 2.0 EDGE。
       同時期、〈SOUTH2 WEST8〉はひとりの画家と運命的ともいえる邂逅を果たす。「フライ・キャスト・ペインティング」というユニークな画法で知られる、鱒釣りの聖地=アメリカ・モンタナ在住のアーティスト、ベン・ミラーだ。自作の筆をフライ・キャスティングの動きで画面に投げつけて川の風景を描く、彼の創作活動への深いシンパシーは、2022年秋冬シーズンにコラボレーションへと発展。独特のタッチと色彩で描かれた作品を、総柄プリントでWEATHER EFFECT JACKETやHUNTING SHIIRT、BDU PANTなどの定番アイテムに落とし込んだ。また、同じシーズンにはブランド史上初となる〈Reebok〉とのコラボレーションも実施。オリジナルのカモフラージュ柄が採用されたトレイルスタイルシューズは、スニーカーシーンで大きな話題となった。札幌にゆっくりと根を下ろし、テンカラという日本が世界に誇るフィッシングカルチャーを通じて、アウトドアとファッションの融合を世界へと発信してきた〈SOUTH2 WEST8〉。流行に左右されず、単なる懐古趣味にもならず、そのモノづくりはシーズンを重ねるごとにオリジナリティを増し、新たな試みへの足取りも軽やかだ。
  •    北海道は春の雪解けシーズン。〈SOUTH2 WEST8〉の、21年目の旅が始まる。